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(町山智浩)ただね、ニーナ・シモンさん、黒人だったんで。その頃、クラシック界っていうのは黒人を入れてなかったんですね。(町山智浩)でね、もっとひどいことがあって。68年に非暴力主義だったキング牧師が何者かに暗殺されちゃうんですよ。で、もう彼女はそれを悲しんで。なぜ、愛の王様・・・要するにキング牧師っていうのは、キングって『王』っていう名前ですからね。愛の王様が死んだのよ!?っていう、すっごい長いキング牧師への鎮魂歌を発表するんですけども。(町山智浩)で、あとまあ、乳がんになったりして。若くして亡くなったりするんですけども。ただね、この87年のCMでリバイバルヒットになってからは、ずーっとニーナ・シモンブームっていうのは続いてるんですよ。でね、映画でよく使われてるんですね。この人の歌は。特に、みんなが知っているのだとね、デビッド・リンチ監督の映画でですね、『インランド・エンパイア』っていう映画があって。それのエンディングでこの人の歌が延々と流れて。女の子たちが群舞するっていうすごいシーンがあるんですね。(赤江珠緒)いやー、じゃあ、亡くなったいまでも、鼓舞し続けてるんですね。いろんな人をね。(赤江珠緒)うわー・・・でもこれ、本当にその、黒人の方たちの歴史をそのまま歌っているっていう感じですもんね。(町山智浩)で、87年にね、僕が知ったのはね、すごいリバイバルヒットしたんですよ。この人の最初のアルバムからですね、一曲ですね、いま聞いていただきたいんですけど。『My Baby Just Cares for Me』っていう歌がリバイバルヒットしたんで。ちょっと聞いてもらえますか?(町山智浩)『私が「人種隔離を撤廃しろ!」って言うと、「まだまだ時期尚早だ」って言う人がいる。「市民がみんな参加しろ」と言うと、「まだまだ早い」って言う人もいる。でも、ゆっくりやっていたらこの悲劇が続くだけ!』って言うんですよ。(町山智浩)そう。だからポップなんですよ。でもやっぱりね、放送禁止とかになっているんですよ。南部では。(赤江珠緒)わかりました。じゃあ今日はそれを聞きながら、町山さんとお別れということで。今日は黒人女性シンガー、ニーナ・シモンのドキュメンタリー『何があったの、ニーナさん』。ご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。(赤江珠緒)そうですか。もうそれは、アメリカに絶望してっていう感じで?(町山智浩)はい。ええとね、聞こえます?この歌、すごく楽しい歌なんですよ。いわゆるブロードウェイミュージカルのダンスナンバーみたいにして。そのパロディーとして曲を作ってるんですね。(町山智浩)で、ただ彼女自身、あまり殴られるもんだから。ずっと殴られたもんだから、そのDVに依存症みたいになっちゃって。だからまあ、よくあるパターンですよね。DVの夫婦に。で、DV中毒みたいになっちゃって、かなり異常だったみたいですよ。このドキュメンタリーの中では、彼女自身がそういうことを手紙に書いているのも出てくるんですよ。(町山智浩)スピーチで。だからちょうどニーナ・シモンがね、いま注目されているってことと絡んでいるんですけど。このニーナ・シモンっていう人はですね、僕は、実はすごく遅れて知ったんですよ。この人、実は60年代に、そのセルマ行進に参加している人なんですね。(町山智浩)で、まあ黒人たちはアメリカに奴隷として連れて来られて。何もかも、失ってしまうんですね。言葉も失っちゃったし、家族もバラバラにされて。で、そのことを歌った歌で。ちょっと僕いま歌詞、読みますけども。短くしたものをね。(町山智浩)そういう歌をバンバン歌っていくんですけど。で、とうとうそのキング牧師にも会うんですね。で、キング牧師は要するに、戦う時は非暴力主義っていって。『どんなに殴られても蹴られても、ぜったいに暴力をふるわないで!』って言っていたんですよね。それなのに、このニーナ・シモンさんはキング牧師に、『私はね、暴力主義もやっちゃうわよ!』って言ったんですよ。(町山智浩)でも、ここから、この『Mississippi Goddam』からですね、彼女は次々と政治的に過激な歌をどんどん歌っていくんですね。で、もう『Are You Ready?』っていう歌なんかはもう、『この白人たちと戦う準備は出来たの?』とか聞く歌だったりね。(町山智浩)だから、まさにそれが蘇ってくる感じなんですね。ニーナ・シモンの歌と一緒にね。はい。で、最後にさっき、歌詞を読みました『Ain’t Got No』という曲をお時間まで聞いていただきたいと思います。(町山智浩)そこからね、迷走が始まってですね。スイス行ったり、フランスに行ったり、まあ、あちこちを放浪するようになるんですね。彼女は。(町山智浩)『私には家がない。靴もない。お金もない。地位もない。正気も失った。母もない。父もない。文化すらない。友達もいなくなった。学もない。愛も失った。名前もない』。黒人の人たちは名前を取られちゃいましたからね。奴隷にされた時に。(町山智浩)で、このニーナ・シモンさんはベトナム戦争をその当時、アメリカはやっていたんで。『こんな政府には金は払えない!』っつって、税金の滞納をし始めるんですよ。抵抗として。(町山智浩)だからセルマっていって僕が話していたのは、グローリー/明日への行進というタイトルになりました。ぜひご覧になっていただきたいんですが。その主題歌がグローリーっていうんですね。で、これがアカデミー主題歌賞をとったんですけども。それでね、オスカーをとった、えなりかずきくんそっくりの作曲家のジョン・レジェンドさんという人がいまして。(町山智浩)だからね、この歌ってね、現在YouTubeではですね、視聴数が1500万を超えてるんですよ。(町山智浩)『Goddam』っていうのは『地獄に落ちろ』っていう意味なんですね。それで、『私たち黒人は立ち上がる時が来た。その時が来たのよ。「そんなに焦るな」って言う人もいるけれども、「もうどこに一体、その運動が向かっているんだ?」って言う人もいるけれども、私はそんなの、知らない。ただ、全力で立ち向かうだけよ!』っていう歌詞なんですよ。(町山智浩)で、その後もですね、そっからさらにアフリカのリベリアっていう国に移住しちゃうんですよ。リベリアっていうのはアメリカの黒人たちが開放されて、一部はアフリカに帰って。そこで作った国なんですよ。(町山智浩)要するに、これはもう戦うしかないんだ。これ以上の弾圧には耐えられないから、やる時はやるわよ!って言って。もうキング牧師はびっくりしたんですけどね。(赤江珠緒)最近、やっぱり黒人と白人の暴動とかね、いろんな事件とか、あるじゃないですか。差別がまだ続いてるっていうね。(町山智浩)で、この人は、ニーナ・シモンさんは南部のすごく貧しい黒人家庭に生まれましてですね。ただ、すごく子どもの頃は、ちっちゃい頃からピアノがものすごい天才的だったんで。白人のピアノ教師の資金援助を受けて、名門のジュリアード音楽院に進んで、クラシックピアニストを目指したんですよ。(町山智浩)ただ、それで彼女はメインストリームから外れてっちゃうんですよ。テレビとか、だんだん出れなくなっちゃうんですよ。(町山智浩)で、この人ね、いまの曲でピアノを弾いてますけども。それをよく聞くとわかるんですけど。ジャズの枠でやってはいるんですけど、ピアノが基本がクラシックなんですよ。この人。(町山智浩)この歌で復活するまで、一時、ほとんどどこに行っちゃってるんだろう?っていう状態だったんですね。で、それをこのドキュメンタリーはですね、貴重なその頃の映像とかを拾ってきて、見せていくというドキュメンタリーなんですけども。(町山智浩)ということでですね、そういう映画が『What Happened, Miss Simone?』っていう映画でですね。ドキュメンタリーなんですけども。日本でもぜひ、公開して頂きたいと。(町山智浩)そう。で、とうとう精神科が鑑定するんですよ。したらね、双極性障害という、いわゆる躁うつ病だったことがわかるんですね。(町山智浩)で、もちろんニーナ・シモンとか、黒人の公民権運動なんかも知らない人たちが聞いてるんですよ。元気がない時に、この歌を聞いて元気づけられるんですよ。『あんた、何もないの?何もなくたって、命があればめっけものじゃないのよ!』っていう歌なんですよ。『心があるでしょ?心だけは、奪えないんだから』っていう歌なんですよ。(町山智浩)それで、その表舞台から消えていくんですよ。この人。(町山智浩)タイトルの意味はですね、『ミス・シモンさん、なにがあったの?』っていう言葉の意味なんですけどね。それでね、ニーナ・シモンという人について、ちょっと説明したいんですけども。(町山智浩)『信じる神様もない』。神様も結局、キリストっていう白人の神様を信じさせられているんですよ。『じゃあ、私にはいったい何が残っているの?』私は何で生きてるの?と。そんな状況なのに。『でも、誰も私から奪えないものがあるはずよ。私には、この髪がある。頭があって、何かを考える脳みそがある。口もある。だから微笑むこともできる。ハートもあるし、ソウルもある。私には、命が残っているのよ!私には、自由がある。心がある。私は生きている』。そういう歌なんですよ。(町山智浩)で、あとまあ、DV夫にもとうとう離婚届を叩きつけてですね。で、アメリカを出ちゃうんですよ。1970年に。(町山智浩)ものすごい過激な、戦闘的な歌で。で、『私たち黒人の戦いっていうのは左翼の陰謀だって言ってるけど、そんなの関係ないわ!私たちはただ、平等を求めているだけよ!』っていう歌詞なんですよ。(町山智浩)マーティン・ルーサー・キング牧師と同じ、セルマの抵抗運動に参加している人なんですけども。60年代にすごい、世界的なミュージシャンだったんですね。日本でも大人気だったんですよ。でも、僕自身が知ったのは、すごく遅れて。1987年なんですよ。(赤江珠緒)すごいですね。この信念をこの曲調で歌えるっていうのが。(町山智浩)曲調が明るいんですよ。で、歌詞がめちゃくちゃなんですよ。『アラバマにはムカつくわ!ミシシッピなんか地獄に落ちろ!』って言ってるんですよ。(町山智浩)で、世界的大スターになるわけですね。60年代に。ところがですね、1963年に大変な事件が起こるんですよ。アメリカで。それ、まずね、ミシシッピでですね、白人と黒人の学校を分けていましたから、それを一緒の学校に通わせようという運動をしてたんですね。その人が、暗殺されちゃうんですよ。メドガー・エバースっていう人が、白人至上主義者に暗殺されるんですね。(町山智浩)そう。あまりにも、強烈な歌をどんどん作っていくんで。で、この頃は、すでにもうジャズでもなくて、ソウル・ミュージックになってるんですけどね。歌は。で、もうどんどんどんどん過激になっていって。ただ、もうすごい人気になっていくんですけども、その一方で、私生活ではですね、マネージャーの旦那にですね、もうDVでめっちゃくちゃにされていたんですね。この人。(町山智浩)ちょうどね、きっかけになることだとね、前、このたまむすびで紹介した『セルマ(Selma)』っていう映画がありまして。これは1965年に南部では黒人の投票権がなかったんで、それを求めてですね、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師たちがアラバマ州にあるセルマっていう町で行進をしたっていう戦いを描いた映画がセルマっていう映画だったんですが。(町山智浩)だからすごい天才的なんですね。その場のノリでもって、バンバン気分で変わっていくんですよ。歌のメッセージまで変わっちゃうんですよ。で、非常に天才で、この人はジャンルっていうのは分けられない、もうニーナ・シモンミュージックでしかない人なんですけども。(町山智浩)してたんですけども。まあ、これから説明するんですが、ある理由で表舞台に出てなかったんですよ。(町山智浩)はい。これはマヤ・アンゲロウっていう詩人がいまして。その人が70年に書いた記事のタイトルなんですね。『あんなに大スターで世界的な大シンガーだったのに、どうして消えちゃったの?』っていう記事を書きまして。そこからタイトルを取っているんですけど。(町山智浩)そうなんですけど。これって、あらゆる人に通じる話じゃないですか。なにもかも失っちゃう時って、あるじゃないですか。それこそ友達とか、愛する人も失っちゃって。家族もいなくなっちゃったり、金もなくなったり、地位もなくなったり。でも、それでも命があればいいじゃないの!っていう歌にも聞こえるわけですよ。(町山智浩)そこに彼女も行って、とうとう帰って落ち着くのかな?と思ったらですね、そこで今度は一人娘に対する暴力をふるい始めて、娘に逃げられるんですよ。(町山智浩)絶望した感じなんですよね。それで、インタビューも出てきて。このドキュメンタリーの中で。『もう私は本当にこの国には疲れたの』って言って。で、アメリカを飛び出して、カリブ海にバルバドスっていう黒人奴隷だった人たちが現在、政治的に支配している国があって。そっちに移住しちゃうんですね。(町山智浩)彼は歌も歌ってるんですけど。それで、スピーチしたんですね。受賞の言葉を。『アーティストとかミュージシャンとか画家とか芸術家っていうのは、自分たちが生きている時代を自分の作品に反映させるのが使命なんだ』っていうことを言って。『でも、それはニーナ・シモンから教えられました。彼女が言った言葉です』って言ったんですよ。(町山智浩)この曲はね、もともと58年のデビューアルバムからの曲なんですけども。これが87年にリバイバルヒットしたのは、これね、シャネルのNO.5っていう香水のCMで使われたんですね。で、そのCMはエイリアンとかブレードランナーの監督のリドリー・スコットが監督したんで、もう世界的にすごく注目されたCMだったんで、この歌も大ヒットしたんですけど。(赤江珠緒)そうか!なんか歌だと強い女性かなと思ったら、プライベートではそういった面もあったんですね。(町山智浩)で、その後もっとひどいことがあって。アラバマ州にあるバーミンガムっていうところの黒人教会でですね、爆破事件が起こって。KKKっていう白人至上主義者の団体が爆破したんですけど。それで11才と13才の少女4人が殺されちゃうんですよ。(町山智浩)で、もういまもすごく人気で。特に、この人の歌で、これからちょっと聞いていただく歌が、彼女がアメリカを去る直前に、ニューヨークの黒人街のハーレムでやったライブで有名な曲なんですけども。この歌ね、ミュージカルで『ヘアー(Hair)』っていうのがあってですね。それの歌を彼女が歌ってるんですけど。ヒッピーの歌なのに、ぜんぜん違う、アフリカ系アメリカ人の、黒人たちの歌みたいになっちゃってるんですよ。彼女が歌うと。(町山智浩)で、まあいろんな暴力をふるったりとか、この人、コンサート中にお客さんに向かって、『そこ!立ってるの、座りなさい!』とか言ったりね。結構おかしいところが出てくるんですよ。だんだん。で、それはやっぱり精神病だったことがわかってくるんですよね。(町山智浩)で、アメリカ全体はですね、キング牧師が殺されたってことで、もう絶望的なことで、大暴動が起こっていくんですよ。(赤江珠緒)はー。だから途中でちょっと笑いが入ったり。曲調が明るいですもんね。(町山智浩)今日はね、ドキュメンタリー映画なんですけども。ニーナ・シモンという歌手についてのドキュメンタリー映画で。『What Happened, Miss Simone?』っていうね、タイトルの映画を紹介します。これ、日本では公開予定はないんですけど、ぜひ公開してほしいんで。ここで紹介したいんですけど。(町山智浩)で、1987年までの間・・・60年代にすごい人気だったのに、70年代にほとんど消えていたんですね。この人。だから、『いったいなにがあったの?』っていうこのドキュメンタリータイトルになるんですよ。(町山智浩)ただ、それをですね、彼女が、もともとある歌を歌っても、彼女の歌にしちゃうんですね。この人は。歌詞も変えちゃうしね、メロディーも変えちゃうしね。で、毎回演奏ごとにぜんぜん違うんですよ。曲の感じが。(町山智浩)で、行方不明に近い感じになっているんですけども。銃撃事件まで起こしています。85年には。(町山智浩)それでピアニストの夢が絶たれちゃうんですよ。で、仕方なく生活のために酒場でピアノの弾き語りを始めたんですけども。まあ、いわゆるジャズとかブルースを歌うんですけど、クラシックのピアノが入ってくるんですね。この人の。で、その後もですね、レゲエとかビートルズとかを歌ったりですね、シャンソンとかを歌ったりもするんですけど。ありとあらゆるジャンルが入ってくるんですよ。アフリカの民族音楽とか。
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(町山智浩)ただね、ニーナ・シモンさん、黒人だったんで。その頃、クラシック界っていうのは黒人を入れてなかったんですね。(町山智浩)でね、もっとひどいことがあって。68年に非暴力主義だったキング牧師が何者かに暗殺されちゃうんですよ。で、もう彼女はそれを悲しんで。なぜ、愛の王様・・・要するにキング牧師っていうのは、キングって『王』っていう名前ですからね。愛の王様が死んだのよ!?っていう、すっごい長いキング牧師への鎮魂歌を発表するんですけども。(町山智浩)で、あとまあ、乳がんになったりして。若くして亡くなったりするんですけども。ただね、この87年のCMでリバイバルヒットになってからは、ずーっとニーナ・シモンブームっていうのは続いてるんですよ。でね、映画でよく使われてるんですね。この人の歌は。特に、みんなが知っているのだとね、デビッド・リンチ監督の映画でですね、『インランド・エンパイア』っていう映画があって。それのエンディングでこの人の歌が延々と流れて。女の子たちが群舞するっていうすごいシーンがあるんですね。(赤江珠緒)いやー、じゃあ、亡くなったいまでも、鼓舞し続けてるんですね。いろんな人をね。(赤江珠緒)うわー・・・でもこれ、本当にその、黒人の方たちの歴史をそのまま歌っているっていう感じですもんね。(町山智浩)で、87年にね、僕が知ったのはね、すごいリバイバルヒットしたんですよ。この人の最初のアルバムからですね、一曲ですね、いま聞いていただきたいんですけど。『My Baby Just Cares for 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No』という曲をお時間まで聞いていただきたいと思います。(町山智浩)そこからね、迷走が始まってですね。スイス行ったり、フランスに行ったり、まあ、あちこちを放浪するようになるんですね。彼女は。(町山智浩)『私には家がない。靴もない。お金もない。地位もない。正気も失った。母もない。父もない。文化すらない。友達もいなくなった。学もない。愛も失った。名前もない』。黒人の人たちは名前を取られちゃいましたからね。奴隷にされた時に。(町山智浩)で、このニーナ・シモンさんはベトナム戦争をその当時、アメリカはやっていたんで。『こんな政府には金は払えない!』っつって、税金の滞納をし始めるんですよ。抵抗として。(町山智浩)だからセルマっていって僕が話していたのは、グローリー/明日への行進というタイトルになりました。ぜひご覧になっていただきたいんですが。その主題歌がグローリーっていうんですね。で、これがアカデミー主題歌賞をとったんですけども。それでね、オスカーをとった、えなりかずきくんそっくりの作曲家のジョン・レジェンドさんという人がいまして。(町山智浩)だからね、この歌ってね、現在YouTubeではですね、視聴数が1500万を超えてるんですよ。(町山智浩)『Goddam』っていうのは『地獄に落ちろ』っていう意味なんですね。それで、『私たち黒人は立ち上がる時が来た。その時が来たのよ。「そんなに焦るな」って言う人もいるけれども、「もうどこに一体、その運動が向かっているんだ?」って言う人もいるけれども、私はそんなの、知らない。ただ、全力で立ち向かうだけよ!』っていう歌詞なんですよ。(町山智浩)で、その後もですね、そっからさらにアフリカのリベリアっていう国に移住しちゃうんですよ。リベリアっていうのはアメリカの黒人たちが開放されて、一部はアフリカに帰って。そこで作った国なんですよ。(町山智浩)要するに、これはもう戦うしかないんだ。これ以上の弾圧には耐えられないから、やる時はやるわよ!って言って。もうキング牧師はびっくりしたんですけどね。(赤江珠緒)最近、やっぱり黒人と白人の暴動とかね、いろんな事件とか、あるじゃないですか。差別がまだ続いてるっていうね。(町山智浩)で、この人は、ニーナ・シモンさんは南部のすごく貧しい黒人家庭に生まれましてですね。ただ、すごく子どもの頃は、ちっちゃい頃からピアノがものすごい天才的だったんで。白人のピアノ教師の資金援助を受けて、名門のジュリアード音楽院に進んで、クラシックピアニストを目指したんですよ。(町山智浩)ただ、それで彼女はメインストリームから外れてっちゃうんですよ。テレビとか、だんだん出れなくなっちゃうんですよ。(町山智浩)で、この人ね、いまの曲でピアノを弾いてますけども。それをよく聞くとわかるんですけど。ジャズの枠でやってはいるんですけど、ピアノが基本がクラシックなんですよ。この人。(町山智浩)この歌で復活するまで、一時、ほとんどどこに行っちゃってるんだろう?っていう状態だったんですね。で、それをこのドキュメンタリーはですね、貴重なその頃の映像とかを拾ってきて、見せていくというドキュメンタリーなんですけども。(町山智浩)ということでですね、そういう映画が『What Happened, Miss Simone?』っていう映画でですね。ドキュメンタリーなんですけども。日本でもぜひ、公開して頂きたいと。(町山智浩)そう。で、とうとう精神科が鑑定するんですよ。したらね、双極性障害という、いわゆる躁うつ病だったことがわかるんですね。(町山智浩)で、もちろんニーナ・シモンとか、黒人の公民権運動なんかも知らない人たちが聞いてるんですよ。元気がない時に、この歌を聞いて元気づけられるんですよ。『あんた、何もないの?何もなくたって、命があればめっけものじゃないのよ!』っていう歌なんですよ。『心があるでしょ?心だけは、奪えないんだから』っていう歌なんですよ。(町山智浩)それで、その表舞台から消えていくんですよ。この人。(町山智浩)タイトルの意味はですね、『ミス・シモンさん、なにがあったの?』っていう言葉の意味なんですけどね。それでね、ニーナ・シモンという人について、ちょっと説明したいんですけども。(町山智浩)『信じる神様もない』。神様も結局、キリストっていう白人の神様を信じさせられているんですよ。『じゃあ、私にはいったい何が残っているの?』私は何で生きてるの?と。そんな状況なのに。『でも、誰も私から奪えないものがあるはずよ。私には、この髪がある。頭があって、何かを考える脳みそがある。口もある。だから微笑むこともできる。ハートもあるし、ソウルもある。私には、命が残っているのよ!私には、自由がある。心がある。私は生きている』。そういう歌なんですよ。(町山智浩)で、あとまあ、DV夫にもとうとう離婚届を叩きつけてですね。で、アメリカを出ちゃうんですよ。1970年に。(町山智浩)ものすごい過激な、戦闘的な歌で。で、『私たち黒人の戦いっていうのは左翼の陰謀だって言ってるけど、そんなの関係ないわ!私たちはただ、平等を求めているだけよ!』っていう歌詞なんですよ。(町山智浩)マーティン・ルーサー・キング牧師と同じ、セルマの抵抗運動に参加している人なんですけども。60年代にすごい、世界的なミュージシャンだったんですね。日本でも大人気だったんですよ。でも、僕自身が知ったのは、すごく遅れて。1987年なんですよ。(赤江珠緒)すごいですね。この信念をこの曲調で歌えるっていうのが。(町山智浩)曲調が明るいんですよ。で、歌詞がめちゃくちゃなんですよ。『アラバマにはムカつくわ!ミシシッピなんか地獄に落ちろ!』って言ってるんですよ。(町山智浩)で、世界的大スターになるわけですね。60年代に。ところがですね、1963年に大変な事件が起こるんですよ。アメリカで。それ、まずね、ミシシッピでですね、白人と黒人の学校を分けていましたから、それを一緒の学校に通わせようという運動をしてたんですね。その人が、暗殺されちゃうんですよ。メドガー・エバースっていう人が、白人至上主義者に暗殺されるんですね。(町山智浩)そう。あまりにも、強烈な歌をどんどん作っていくんで。で、この頃は、すでにもうジャズでもなくて、ソウル・ミュージックになってるんですけどね。歌は。で、もうどんどんどんどん過激になっていって。ただ、もうすごい人気になっていくんですけども、その一方で、私生活ではですね、マネージャーの旦那にですね、もうDVでめっちゃくちゃにされていたんですね。この人。(町山智浩)ちょうどね、きっかけになることだとね、前、このたまむすびで紹介した『セルマ(Selma)』っていう映画がありまして。これは1965年に南部では黒人の投票権がなかったんで、それを求めてですね、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師たちがアラバマ州にあるセルマっていう町で行進をしたっていう戦いを描いた映画がセルマっていう映画だったんですが。(町山智浩)だからすごい天才的なんですね。その場のノリでもって、バンバン気分で変わっていくんですよ。歌のメッセージまで変わっちゃうんですよ。で、非常に天才で、この人はジャンルっていうのは分けられない、もうニーナ・シモンミュージックでしかない人なんですけども。(町山智浩)してたんですけども。まあ、これから説明するんですが、ある理由で表舞台に出てなかったんですよ。(町山智浩)はい。これはマヤ・アンゲロウっていう詩人がいまして。その人が70年に書いた記事のタイトルなんですね。『あんなに大スターで世界的な大シンガーだったのに、どうして消えちゃったの?』っていう記事を書きまして。そこからタイトルを取っているんですけど。(町山智浩)そうなんですけど。これって、あらゆる人に通じる話じゃないですか。なにもかも失っちゃう時って、あるじゃないですか。それこそ友達とか、愛する人も失っちゃって。家族もいなくなっちゃったり、金もなくなったり、地位もなくなったり。でも、それでも命があればいいじゃないの!っていう歌にも聞こえるわけですよ。(町山智浩)そこに彼女も行って、とうとう帰って落ち着くのかな?と思ったらですね、そこで今度は一人娘に対する暴力をふるい始めて、娘に逃げられるんですよ。(町山智浩)絶望した感じなんですよね。それで、インタビューも出てきて。このドキュメンタリーの中で。『もう私は本当にこの国には疲れたの』って言って。で、アメリカを飛び出して、カリブ海にバルバドスっていう黒人奴隷だった人たちが現在、政治的に支配している国があって。そっちに移住しちゃうんですね。(町山智浩)彼は歌も歌ってるんですけど。それで、スピーチしたんですね。受賞の言葉を。『アーティストとかミュージシャンとか画家とか芸術家っていうのは、自分たちが生きている時代を自分の作品に反映させるのが使命なんだ』っていうことを言って。『でも、それはニーナ・シモンから教えられました。彼女が言った言葉です』って言ったんですよ。(町山智浩)この曲はね、もともと58年のデビューアルバムからの曲なんですけども。これが87年にリバイバルヒットしたのは、これね、シャネルのNO.5っていう香水のCMで使われたんですね。で、そのCMはエイリアンとかブレードランナーの監督のリドリー・スコットが監督したんで、もう世界的にすごく注目されたCMだったんで、この歌も大ヒットしたんですけど。(赤江珠緒)そうか!なんか歌だと強い女性かなと思ったら、プライベートではそういった面もあったんですね。(町山智浩)で、その後もっとひどいことがあって。アラバマ州にあるバーミンガムっていうところの黒人教会でですね、爆破事件が起こって。KKKっていう白人至上主義者の団体が爆破したんですけど。それで11才と13才の少女4人が殺されちゃうんですよ。(町山智浩)で、もういまもすごく人気で。特に、この人の歌で、これからちょっと聞いていただく歌が、彼女がアメリカを去る直前に、ニューヨークの黒人街のハーレムでやったライブで有名な曲なんですけども。この歌ね、ミュージカルで『ヘアー(Hair)』っていうのがあってですね。それの歌を彼女が歌ってるんですけど。ヒッピーの歌なのに、ぜんぜん違う、アフリカ系アメリカ人の、黒人たちの歌みたいになっちゃってるんですよ。彼女が歌うと。(町山智浩)で、まあいろんな暴力をふるったりとか、この人、コンサート中にお客さんに向かって、『そこ!立ってるの、座りなさい!』とか言ったりね。結構おかしいところが出てくるんですよ。だんだん。で、それはやっぱり精神病だったことがわかってくるんですよね。(町山智浩)で、アメリカ全体はですね、キング牧師が殺されたってことで、もう絶望的なことで、大暴動が起こっていくんですよ。(赤江珠緒)はー。だから途中でちょっと笑いが入ったり。曲調が明るいですもんね。(町山智浩)今日はね、ドキュメンタリー映画なんですけども。ニーナ・シモンという歌手についてのドキュメンタリー映画で。『What Happened, Miss Simone?』っていうね、タイトルの映画を紹介します。これ、日本では公開予定はないんですけど、ぜひ公開してほしいんで。ここで紹介したいんですけど。(町山智浩)で、1987年までの間・・・60年代にすごい人気だったのに、70年代にほとんど消えていたんですね。この人。だから、『いったいなにがあったの?』っていうこのドキュメンタリータイトルになるんですよ。(町山智浩)ただ、それをですね、彼女が、もともとある歌を歌っても、彼女の歌にしちゃうんですね。この人は。歌詞も変えちゃうしね、メロディーも変えちゃうしね。で、毎回演奏ごとにぜんぜん違うんですよ。曲の感じが。(町山智浩)で、行方不明に近い感じになっているんですけども。銃撃事件まで起こしています。85年には。(町山智浩)それでピアニストの夢が絶たれちゃうんですよ。で、仕方なく生活のために酒場でピアノの弾き語りを始めたんですけども。まあ、いわゆるジャズとかブルースを歌うんですけど、クラシックのピアノが入ってくるんですね。この人の。で、その後もですね、レゲエとかビートルズとかを歌ったりですね、シャンソンとかを歌ったりもするんですけど。ありとあらゆるジャンルが入ってくるんですよ。アフリカの民族音楽とか。